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立春
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    2月4日、立春。親父が逝きました。



    不器用で、世間知らずで、いつも貧乏くじ引いてて、おかんが99%お膳立てしてもなんかやらかして、無趣味。友達らしい友達を一度も見たことがない。

    いや、酒が友達だけでなく兄弟、子供まで遠ざけてしまったのかもです。




    自分の中にたくさんある親父との共通点は全てコンプレックスでした。

    「ケイスケはおじいちゃんの若い頃にそっくりやな」




    実際にそうだったし、そう言われると安心しました。

    あんなふうにはならない。



    それが、レンブが生まれて、おかんが他界して・・

    近年は親父に対する感情、変わってました。



    不思議と最近は仲間から「ジゲン君のお父さん?よく似てるね」って言われるようになってました。別に嬉しくはないけど、もう嫌でもない感じ。







    ”お父さんのことわかってあげて”




    葬儀の後に出てきた。おかんが俺に宛てた最後の手紙。

    自分のことでも俺のことでもなく親父を心配してた。

    たった一人の味方。でも世界最強。

    おかんに愛されてた。

    男として、それが全て。


    そういうのを教えられました。












    なんで飲むんですかね。

    寂しかったんかな?


    飲んだってよけい寂しくなるだけやのにね。




    飲むなとあれほどキツく言い聞かせてたのに。やっぱりおかんの命日近辺はこっそり飲んでたりしたみたいで・・

    クリスマスに階段から落ちました。


    「夏ぐらいから腕が肩より上がらんのや」

    「病院行きよ」

    「おお」



    病院、行きませんでした。引きずっても行かない大の病院嫌い。







    飲んでたお酒が原因か、運動障害でもあったのか、真相はわかりません。



    脊髄痛めて、自分じゃ呼吸もできない。集中治療室。急変の可能性もあると。面会時間は決められた4時間、面会出来るのは俺と姉と弟だけでした。

    おかんの時と同じ。自分にできることは何もない。ベットに横たわる親父と一緒。手も足もでない。


    徐々に回復しはじめ、正月に手術しました。



    「集中治療室を出られたらレンブと会えるな」


    レンブの話をすると、こっちが幸せになるくらいの笑顔で笑いました。

    今まで俺が見てなかっただけなのかもしれません。


    あと”ありがとう”って言うようになりました。

    何かにつけて”ありがとう”って・・

    親父、”ありがとう”って言えないヤツだったんです。


    声、でないんですけどね。口を動かしてなんか言ってきたり、腕が上がるのを自慢してきたり・・





    何かに意欲的になってる親父なんて初めてみました。何かに意欲的になれるなら、夢中になれるなら、生き甲斐になるのなら、たとえそれがリハビリだったとしてもいいかと。


    彼の笑顔にふれて、俺もゴールの見えない恐怖や不安と戦う腹が決まりました。




    受け入れ先を探して、準備して・・

    状態が安定して来たのでリハビリ専門の施設に転院しました。その施設は150日しか居られなくて、回復が思わしくなかったら次を探さないといけない感じでした。

    腕は回復しても足はもう無理かな?


    でも、レンブが面会に行けるのと、本人がリハビリに意欲的だったので、もう恐怖も不安もありませんでした。


    それがね。


    転院して3日目、電話が鳴ったのは朝の6時でした。




    誰も予想しないタイミングで・・

    病室に駆けつけたとき、もう親父はそこに居ませんでした。





    棺に何か本人の好きなものを入れるでしょ?

    お酒は姉と弟に反対されました。笑

    常に手帳を持ち歩いてて、何でもメモをとってたって。2人が親父の手帳を持って来ました。俺、知らんかったなぁ。

    「勤続30年の時の賞状あるやん?」

    それは俺しか知らんかったみたい。



    本人別にそんな賞状なんとも思ってないと思います。僕にとってもそうでした。思いついたから言っただけ。

    やのにね。




    告別式で最後に胸のあたりに置いてある賞状みてね。





    ああ、これ。全部俺のためやったな。








    もう涙が止まりませんでした。


    たくさん人もいるのに。

    あーあ。



    彼の冷たい体は、まだ体温のある俺に力の限り生きろと言ってました。





    「タカハラさん、呼吸してくださいよ。笑」

    呼吸器が外れた頃、呼吸するのを忘れてて看護師さんに注意されたりしてたようです。

    「うっかり逝ってもたんやろか?笑」



    兄弟とはそんな話をしました。



    好きなお酒飲んでてってのが救いですね。



    親父らしいというか何と言うか・・










    「いつまでフラフラしてんの?」


    CDが出るまで、けして味方してくれなかったおかんと違って。俺が音楽やってるの喜んでくれてたっポイな。当時はほとんど話すこともなかったので真相はわかりません。笑



    おかん、晴美っていうんです。


    2月4日、立春。


    おかんのもとへ立ったんでしょうか・・


    出来すぎやな。笑







    ”お父さんのことわかってあげて”



    最後まで何もわからないまま・・






    親父は千両役者やったんやと。そう思うことにしました。










    事後報告になってしまいましたが、もう前を向いてます。













    JUGEMテーマ:幸福に生きる
    2015.02.11 Wednesday,20:30
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